- メディアセラピー研究会、MTI(Media Therapy Institute)のメディアは、癒しに役立つ広い意味での道具や手段を表しています。
そもそも心の癒しには、昔から様々な道具や手段が介在して来ました。気が滅入った時やストレスがたまったときに、気に入った本を読む、好きな音楽を聴く、絵を見たり描く、旅行に出かける、美味しいものを食べる、人に会って相談に乗ってもらったり、占いや宗教にお伺いをたてる等など。
そうした昔からの癒しの手段が、現代(特に都市化したところ)では制度化され、より専門的技術として磨かれ、カウンセリングやサイコセラピー(心理療法または精神療法)などとして機能し、利用されるようになりました。
癒しの道具・手段、MTIの『メディア』にあたるものは、これら書物であり、音楽であり、絵であり、料理や食べ物であり、旅行や様々な風景であり、友人知人・相談相手などの人間、超自然的な物(者)や神仏などです。また、現代ならばカウンセラーやセラピストなど、専門的訓練を受けた人達さえも『メディア』と考えているのです。
こうした心の癒しに関わる様々な(人間を含めた)道具、手段を、『メディア』とまとめて呼ぶことにし、メディアを通じて心の癒しを実践しようという『メディアセラピー』をMTIは目指しています。
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■心の癒しの実践=メディアセラピーとは?
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- 癒しを実践するからと言って、MTIのメンバー皆がカウンセラーやセラピストとなり、心悩める方々にカウンセリングやサイコセラピーを行おうというのではありません。MTI関係者には、確かにカウンセラーや精神科ソーシャルワーカーを職業とする者がいますが、専門家のためだけの閉ざされた会というわけでもありません。
むしろ、より一般的に、誰もが「悩める人間である」ことから出発しようと考えています。そして、現に悩みを持つ同じ人間として、どうしたらいいのか、どうしたいのかを考えてゆこうと思います。どういう悩みを抱いているのかを共に聴き、語り、共に癒しを探ってゆく。また、癒しにつながる情報を提供し共有しあうという場なのです。
例えば、心が沈んでいる時には、こういう音楽がいい、こういう景色を観るのが心地いい、こういう本がある、こんな風に絵を描いてみるといい、こんな専門家がいる、自分ならこう思うかもしれない、こうするのはどうだろう・・・といった、共に悩み共に癒される関係づくりを目指してゆきます。自助グループに近いありかたと言えるでしょう。特徴的なのは、その関係づくりが、様々なメディアを通じてなされることでしょうか。癒しに役立つメディアを共に紹介しあったり、各々が体験しあう。そういうメディアに力点を置きます。これが、我々の意図しているメディアセラピーです。
そしてもちろん、以上の延長として、より高度な知識や専門技術を要する癒しについても考えてゆくつもりです。できれば、メディアと心の癒しの関係そのものを研究し、言わば『学術的なメディアセラピー』のありかたも探ってゆければと考えています。心理臨床周辺の職業なりボランティア、勉強に携わる人が主に必要とする情報交換の場を今後は積極的に用意してゆくことになるでしょう。ただし、基本はあくまでも共に悩み共に癒される関係であることに変わりありません。
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■メディアが癒すのか?
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- 最初に、MTIの活動で誤解を受けやすいところに触れます。様々な道具や手段に注目するからと言って、メディア自体が心を癒す(のであって、人ではない)とか、もっと極端に、例えばカウンセラーもカラオケも同じメディアなのだから、カウンセリングを受ける必要などない、カラオケで充分だとか、カウンセラーはいずれコンピューター等のメディアに取って代わられ不必要となる、といったことを主張するつもりも意図するつもりもないことをお断りしておきたいと思います。
さて、メディアそのものが癒す力を持つのかどうかという点については、まだはっきり結論が出ていません。MTIでも議論の絶えないところです。これから研究されるべきテーマだと考えています。少なくとも現時点では、様々なメディアが一つのきっかけとなって心の癒しにつながることは確かだろう、というところから出発しています。
また、先述のように、カウンセラーなどの『人間』も一種の『メディア』と考えますので、彼らに『癒す力』が備わっているのかどうかも、まだわからないとしか言えません。ただ、その反対に否定もしていません。あえて言うなら、メディアを使う『主体』、つまり、癒しを求める個々各々にこそ、自分自身を癒す力(自己治癒力)が備わっているものと考え、それを大切にしようという立場に立っています。
仮にメディアという言葉でひとくくりにしても、各々のメディアを通じた癒し(の程度)の間には違いがあるのは当然だと考えています。つまり、カウンセラーとカラオケという2つのメディアの例では、どちらも常に同じだけしか役にたたない等とは考えない、ということです。もちろん、ではどちらがより役に立つのか、という問題もありますが、メディアそれぞれを、どういうタイミングで、どういう人が、どう使うかで、役に立つかどうかに差が出てくるのではないかと現時点では考えています。
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■パソコン・インターネットとメディアセラピー
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- とは言え、こうしてパソコンやインターネット等、便利なメディアが次々と登場している中で、旧来のメディアだけに固執しないで新しいものを貪欲に取り入れようとするのがMTIの特徴と言ってよいでしょう。役に立つかどうか、学術的に実証するのが目的ではありませんので、伝統的な枠組みにはとらわれず、白紙に戻り、まずは試すことから始めようと思います。その最初の試みとして、こうしてホームページ公開を始めました。MTIではパソコンやインターネットに特に注目していこうと考えています。
ところで、パソコンの登場は、「癒しのメディア史」にとって重要な出来事となるはずだと我々は考えます。というのも、パソコンのマルチメディアな特性が治療的だと考えられるからです。
臨床心理学者も指摘するように、主に「癒し」に必要となるのは『コトバ』もさることながら、『イメージ』や『シンボル』といった、非言語的なメディアだということがわかってきています。パソコンは、従来の言語的メディアに加え、映像や音声を自在に扱えるようになっており、この点が治療的メディアであると言える理由です。
もちろん、映像や音声を自在に扱ったのはパソコンが初めてではありません。TVや映画が今まではありました。しかし問題は、出版物と同じように、あくまでも一方向的に与えられるものであって、個々人が主体的に扱うものではなかったという点にありました。本の著者や番組の製作者など、ごく一部の、限られ選ばれた者だけが非言語メディアにおける主体的に自由な表現権を持つに過ぎなかったのです。
マスメディアにおいては、大多数は、受け手や聞き手として、送り手や作り手という一部の表現者の生み出す表現を消費する消費者という役割を一方的に押し付けられてきたとさえ言えます。これでは、実際の個々千差万別の心の悩みに対応することが難しくなってしまいます。
これに対し、パソコンやインターネット等のメディアは、これまでと質の違う特性を持っています。パソコンが『パーソナル』コンピュータであることからもうかがえる様に、マスメディアからパーソナルメディアへの転換が起こっているところです。何気ない違いのようですが、メディアセラピーにおいては、まさにこの点が重要なのです。1人1人決して同じものはないそれぞれの『心』を大事にするという、癒しの原則に対応しているからです。
加えて、マルチメディアでよくキーワードにされるのが『インタラクティヴ』(対話的)であることです。対話的であるということは、利用者が自分の意思と判断と決断で、主体的に行為することが前提となります。個々人が主体的に操作できるようになる見込みがある点も、これまでの(マス)メディアとは明らかに違った特色をパソコンが持っていると言えます。そして、この主体的に操作できることが、また心の癒しにとって不可欠な重要な側面なのです。
そしてさらに、インターネット等のネットワーク・メディアによって、個々人が物理空間的制約を乗り越えコミュニケートできることで、悩みを抱える孤独な人々どうしが知り合い集える可能性が出てきました。
既存の人間関係は、ごく限られた空間内で成り立つこともあって、多少なりとも利害関係が絡むのが普通でした。これでは、本音を打ち明けることも、誰かの悩みを真剣に耳を貸し利害関係の外で何か援助することも難しかったのです。この点、インターネットなどでは、あまりにも空間が広すぎて、利害関係の発生しない人間関係が可能になります。また、場合によっては匿名性が可能になるので、秘密漏洩の心配からも解放されるという利点もあります。
以上、まとめると、パソコンおよびインターネットが特に治療的である特徴として、3つをあげました。まず、パーソナルであること、次にインタラクティヴなために主体的操作が可能だということ、そして最後に、ネットワークが個々人を結びつけることです。
MTIは、こういった事情から、特にパソコンやインターネットにおけるメディアセラピーに注目してゆこうと考えているのです。
1996.7.14 MTI発起人.原嶋&佐藤